茫然自失之助
泰然自若太郎
え、何言うてるん、て思うけど、きのうお風呂入りながら思い浮かんだんやもんなー。
“然”と“自”がきれいに並んでるとこがええよな。
今朝目が覚めたとき身体がめちゃ重かった。あー、このまま仕事休んで、明日で上映終わってしまう、予告だけでとんでもなく素晴らしいのでは!!ってなった「まなみ100%」観に行っちゃったりできたらえーのになーーと思いながら粛々と出勤。あー、神戸とかまで観に行くかぁ、とおもたけど、神戸の上映予定なく、軒並み上映終了やった。あーあ、なんでもっと早くみにいかへんかったんかなあ。あんな予告でうわあ!と思うこともないのに。あーあ、どっかでやらんかなあ。
暑くもなく寒くもなくたまらん気候の今日だった。わんこもすやすややった。左前足たまらんかわいさ。
今朝みたいな体重いとか、あのときのしんどさより全然マシやなっていう、こんなん比べることもないくらいやな、っていう、よりしんどかった時の手札がたくさんあって、今の自分のしんどさをちゃんと労う気持ちになれへんなあっていうのは、これまでもちょこちょこおもてたんやけど、逆に幸せについては、わたしこれよりもっと幸せと思ったことあるし、みたいなんで今、目の前の幸せ目減りしたりせーへんよなーそういえばー、というのは、今日新たに思い浮かんだことやった。
昼休み、暑くも寒くもないきもーちいい気候の中、ぶらぶらパン屋に向かって歩いてる時の幸せな気持ちは、前にもっと幸せな瞬間あったし!って取り出して見比べて今の幸せが幸せと感じひんようになる、とかはないものなあ。
幸せやなあていうのは、積極的にそちらに向かっていきたいものよな、と、改めて思う。なんぼあってもええですからね、てやつやな。
しんどいとか、つらいとかは、わたしはそれを糧にあの時乗り越えられたら今回も大丈夫!っていう自信になるというよりは、あのときのほうが比べもんにならへんくらい辛かったやん?て言うて、今の自分の辛さを否定する感じになってしまうから、もうあんまその手札いらんなあと思う。
幸せは多くてもいいな。
職場で、お子さんがもうすぐ誕生日で15歳になるわーって言ってはって、15才のとき自分はなにしてたかなーって、15才が24年前なことに愕然とした。にじゅうよねんて…えっ、あってんのかな、って引き算頭の中でしなおしたもんな。ほんまに、自分の年齢がそういう年齢なのだと自覚しなあかんわ、と、改めて痛感しました。結婚も出産も経験したことなく、なーんも変わらん気持ちで責任もなくいて、こりゃちょっとまずいと、遅まきながら思いました。しかし、だからといって何したらええのかはわからん。大人の自覚てどのようにして得るのでしょうか…。
なんか今日とりわけ美味しそうに見えたので。パン屋のホットドッグ。
パン屋の店主はハロウィングッズを月曜から一つずつ増やして装着していってるとのことで、カチューシャみたいなんやらしながら、明日はこれ、と喋り声に応じて虹色に光るサングラスを装着しながら、でも朝からどんどんテンション下がってきてて、これ土曜まで自分が保つんかな…とか言いつつ、かぼちゃのバケツからトリックオアトリートのお菓子をくれた。
光るサングラスていうたら、ゆうべみた、配信期限ぎりぎりの「秋山ロケの地図」の舞の海のパリの海(パリピの舞の海)もめちゃくちゃおもろかったな。光るイヤリングつけた舞の海。
伊能忠敬の「いのう」枠ゲストで、井上和香さんと、舞の海とどうかしてる。もうほんまにおもろい。カタカナが弱いという舞の海が、シフォンケーキについて「脱脂綿」ていうてたのんおもろすぎた。テロップもええのよなー、「老害は塩キャラメル味」とかたまらんかったな。次の分はこんなぎりぎりにならへんうちに絶対見よ。なんでこんなおもろいかな。
限界にねむい。ねよ。見たいテレビも聞きたいラジオも読みたい本も手帳に日記とか感想文とかも書きたいけど、もうなにより眠りたい。今日もおつかれ、明日もがんばろ。