おにぎりコーナー

2026/06/03(水)

朝、駅のホームで一人、駅から勤め先までの道で一人、それぞれ海苔を巻いたおにぎりを立って食べてる女性を見かけた。駅のホームの方は、前通り過ぎる時、ちょうどかじる瞬間でパリッていう音が鮮明にいやらしく耳に届いた。

 

もうこんなのわたしも…!という決意でコンビニに入り、おにぎりコーナーの前で仁王立ちするも、海苔の巻かれたおにぎりが1個200円ほどすることにやっぱり怯んでいつも選ぶ海苔のない混ぜごはんみたいなのを選んだ。これ以上ない「ふんぱつして海苔のあるおにぎりを買う日」を逃した私は今後海苔のあるおにぎりを買うことができないかもしれない。

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2026/06/08(月)

お昼、イヤホンで踊り場聴く。もぐらさんがご実家の家族の話をする時、お母さまが言ったことを再現して話したあと、「あ、俺しょうたっていうんだけど」ってほぼ必ず補足して言うやつすごい好き。もぐらさん=しょうた と知らない人も楽しく聴けるよ。ほんま、いいラジオ。ラジオはケラケラ笑って聴いて、終わったらすっかり忘れてるくらいでいいのかもしれない。でも、踊り場で好きだと感じたところは言葉にして残したいようにも思う。

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「やほ

いただいて、おしゃ〜なこれを初めて食べたんやけど、大人用のこれという感じでした🫡」

2026/01/04・06・07 “寿”のかまぼこ・ハンバーグ・エビフライ

2026/01/04(日)

お出汁のみたいなあ、おうどんとか食べたいかもな。モスバーガーのミネストローネでもいいな、久しぶりにモスチキンも食べたいな、など思いもってモスバーガーの前に立つと、1月4日日曜日の午後8時、店内にお客さんは誰もおらず、店員さんがせっせと客席でモップをかけてはった。これは、ちょっと、踏み込む勇気がないな、と、やっぱなか卯いこ、と気持ちをうどんにセットし直して歩く。なか卯までの道々通るラーメン屋さん数軒、モスバーガーと同じくしてがらんとしており、お店の人みなぽかんとした顔をしていた。入ったなか卯も、入店直後は人がいたのに、タッチパネルであれこれと迷いながら食券を買い、ようやく席について顔を上げると客は誰もいなくなっていた。

「研修中」の札をつけた女性がお茶を出し食券を取りに来て、あっという間に親子丼とおうどんを置いてくれる。

わたしの存在はないように、店員さん同士が“何時間寝てるんですか”、“松井山手スーパー銭湯に行った”、などの話をしていて、ほどなく食べ終えて店を出るときもわたしの存在はないままで声をかけられることもなくちょっとほっとした。店に自分の存在がないようで、でもうどんにはおそらくお正月だけだろう“寿”のかまぼこが入っていて、うまく書けないけどとても良かった。

帰宅してすぐお風呂に入って午後10時ビアリストックス甫木元さんのラジオを聴く。初オンエアという新曲が早くも冒頭でかかり、その後の悪い夢のなかのような放送も、悪い夢みたいだと思いながらすべて聴き、午前0時お布団入った。幼いころの弟がでてくる夢を見た。

 

2026/01/06(火)

映画初め。出町座で「トリツカレ男」を観た。

 

コンビニで写真をプリント。幼いころの弟と祖父の写真を見て泣く。この先妹弟になるべく迷惑かけないで生きられるだろうか、と思う。

 

2026/01/07(水)

ここに引っ越してくるより前、スティック型掃除機をこかして、途中で折れてしまった。本体の方は無事なので、布団用ヘッドをつけて、布団クリーナーとして使っているのやけど、先の方をどう処分していいかわからずにずっといた。

 

長い年始のお休みの今、懸案事項としていたこの“掃除機の先”処分をどうにかしようと、クリーンセンターに持って行ってみた。「はい、ここでは処分できません」の一言で終わり、しょうがないので、そのまま掃除機の先を入れた紙袋を腕からさげて、目星をつけていた洋食屋に行ってみる。平日の昼前というのにとても混んでいて、また、みんな複数で連れ立っていて、一人なのは自分だけだった。

ハンバーグとエビフライ。見た目こそそそるものの、ドレッシングひとつから全部が自分には甘くって、唯一甘くないエビフライと白ごはんだけ美味しかった。一回行けたので気が済んだ。

お腹も満ちましたので歩く。先日の和菓子の催しで、鶴屋吉信のショーウインドウに飾られているのはお菓子(工芸菓子?)やと言ってはったので、ちょっと近づいてみてみる。ほおお、これがお菓子。おいしそうではないものの、言われてみれば食べられそう。

そのまま、前々より気になっていた、「京都考古資料館」に入ってみる。

インスタグラムに書いたのん、転記しとく。

「二階の常設展は誰もいないなか、好きなだけ好きなように焼きもの見放題で今年一番気分が高揚した。まじまじと見てしまうと絶対欲しくなるけど、じゃあこれひとつとお願いできるわけもなし、あまりじっくり見ないよう飛ぶように薄目で遠くから見てみたり、我慢できなくなって近寄って見たり最高にたのしかった。

神像は、とても小さなもの、おそらく、片手にのせられるくらいのものやけど、こんなところにいらしていいのかなという気配があって、でもこんな機会もないと正面から拝見していると涙のにじんでくるものだった。思い返してみても、優しさがうかぶ。きっとまた拝見しに行きたいお目にかかりたい。

浮かれたり涙ぐんだりした興奮のまま、常滑の大壷の中に落ちる影に手をあげて写真を撮った。めちゃくちゃ楽しかった、入場無料、おすすめ。」

 

あと、区役所で見かけた、保育園児の絵。すばらしい絵だらけ。とりわけとりわけ、と思ったもの。

2025/12/18・20 丸いものが上昇気流にのって遠くつやつやと光って見える

2025/12/18(木)

地獄。有休とるつもりだったところ、それはまずそう、と午前中出勤してきて、頭が痛くなるタイプの号泣するに至った。

午後1時半、退職理由を考えながら駅へ向かって歩く。

心がバキバキぼこぼこベコベコで、あれなんやっけ、新喜劇の一斗缶頭でぼこぼこにするやつ、とスマホを取り出しネットで検索する。一斗缶ではなく、アルミの灰皿を両手に持って頭を交互にしばくポコポコヘッドやった。島木譲二さん。10年前に亡くなられてるのや。もうここ数年、だれが生きていて、だれが亡くなってしまっているのかがだいぶあやふやで、それはまあいいことかもしれないようにも感じてる。

 

午前に出勤したために、一か所行きたかったところ(島本町の岡村商店)は今回はあきらめて、でも、茨木市のアートブックフェアには行ってみる。尋常でない量の冊子(尋常でない、は個人の感想です)が並んでいて圧倒される。私には多すぎる。よくわからんなりに、福永信さんの「実在の娘達」と、こいけぐらんじさんという方の「明日に関するある簡潔な記録」を買う。見本の冊子が数限りなく平均台のような什器に並んでいて、買いたいものが決まったら、その冊子に添付されているシールを台紙に貼り付けて窓口に持っていく、というなんかすごいシステム。もう閉館するという公共の施設で行われている催しで、偉い人の部屋っぽいところにも展示があって入れた。茨木市、不思議な街だな。暮れていく風景をこの建物から見られたことが心に残った。上水?がもう止めてあるようで、お手洗いにはキャンプなんかで使う感じのプラスチックの蛇口のついたようなお水のタンクが置かれていた。あんま時間もないので、慌てながらまた駅に戻る。お腹が空いたけど、どこかに入るほどの時間はなくて、注文してから作ってくれはるタイプのおにぎり屋さんでおにぎりを注文。出来上がった商品を渡してくれたおばちゃんがにこにこと「はいっ」と渡してくれてそのおにぎりがほかほかの温かさで胸がぐっとして、初めて来る駅と街に自分がちょっと緊張してたことに気づかされた。大人なのにな。

 



グーグルマップのいうままに、ゼップなんばに向かう。去年の11月にもゼップなんばに来てるのやけど、なんか違う駅から違う道で向かっている。なんせグーグルマップの言ってくれるまんま行くんで、主体性がない記憶もない。去年は道中、民家の軒先で柿が干してあるなあ、と見上げていたら、おっちゃんに声をかけてもらったのやった。「きれいやろ、間隔そろえて干してるんや!」的なこと言ってもらって嬉しかったな。

 

今日は、“Bialystocks 2+5 ツアー ”。

帰りの電車でスマホのメモ帳に書き留めたもの。

 

「あの、膨れ上がって会場からはみ出ていくようなイメージはもうわかなかった。美しくコーティングされた丸いものが上昇気流にのって遠くつやつやと光って見える。

 

コンガが入ったことで、アマゾン?ジャングル?の香りがたされて、ヘルツォークの「フィツカラルド」が思い浮かんだ。

 

灯台〜ミラーと続くのは、灰色の、雷雨の世界から、花の咲くまばゆい草原に出るような感覚がわく。たまらない。

 

舞台向かって左から ドラム→ベース→ピアノ→コーラス→ギター→パーカッション

前中央に 菊池さんキーボード 甫木元さんギター」

 

ドラムが左端に据えてあるライブって初めてやったかも。



2025/12/20(土)

区民しんぶんに載っていた催し「和菓子の記憶と物語」へ。

区長さんのごあいさつから始まって、区長さん女性の方やったんや、あ、わたし、区長さん知らんかったんや、と越してきて初めて気づいた。ここに越す前の下京区も区長さんは知らんままやったな。

 

長五郎餅の店主さん、鶴屋吉信の専務取締役さん、塩芳軒の店主さん、そして、進行役に冷泉家の冷泉貴実子さんが登壇された。区長さん含めて登場人物全員がばっりばりの京都弁。当たり前か。

 

冷泉さんのお話で、和菓子の意匠は抽象的な、削ぎ落とされたもので、そこに菓銘があって、想像をふくらませる。おまんじゅうに、鹿の焼き印がちょこっとついていて、「奥山」という銘がついている。そうすると「奥山に 紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声きくときぞ 秋は悲しき」とうかぶ、と、諳んじてはった。その教養を要求するのが京都ですわな、というようなお話をされていて、ちょっとあまりに京都でヨヨヨとなった。今日の冷泉さんを思い出していて、もう20年は前に聞いた辰巳芳子さんの講演聞いた時を思い出した。辰巳さんはさらにちょっと過激で差別的に感じる面があって戸惑ったけど、不思議と厳しさと優しさが残ったな、と。

帰宅してお菓子をいただく。長五郎餅おいしいな。塩芳軒さんの羽二重は触れることがためらわれるくらいどきっとするような柔らかさだった。 鶴屋吉信のゆずのお菓子はまた明日に。

2025/11/21-2025/11/30 扉が開かれ呼び込みの声がかかる

2025/11/21(金)

 

2025/11/23(日)

高野のほうへ。職場の人に教えていただいていた、「ネパールキッチンサムジャナ」へ行く。ここかな?と、店の前に立ち止まるだけで、サッと扉が開かれ呼び込みの声がかかる。「良いお店ですよ」、って聞いてなかったら怯んでサササと逃げてる絶対。今日はここに行こうと思って出てきていたので、意を決して入店。

ネパール人シャフ

 

レンコンのカレー

辛いものが苦手で、今までにこういうカレーを食べたことがなかった。チーズナンも初めて。甘口を選んだけど、私にはじゅうぶんにからかった。

量もかなりあって、よく食べる方やと自負しているけど、限界をちょい超えてぎりぎり完食。ふらふらとカナート洛北を物色。ほどなくして、わけがわからんくらいだるくなり、さっさか帰宅し昏睡するように寝た。血糖値スパイク起こしていたんじゃないかと思う。当分もういいけど、初めてのこと(ネパールカレー・チーズナンを食べる)を実行できたので良い気分。

100均で思わず買った。フエラムネとかこういうパッケージのものに弱い。

2025/11/25(火)

昼休みKAN「まゆみ」を歌いながら歩く。

2025/11/26(水)

 

2025/11/29(土)

髪の毛を切ってもらいに。松山さんの故郷函館の方の生まれた町への旅のお話をうかがう。美容師を志すきっかけになった美容室をたずねてみるなど、ロードムービーのようなお話だった。私が北海道といって思い浮かべることができる風景は、佐藤泰志の「海炭市叙景」の小説と、それをもとにした映画くらいなもんで、あんな風景ですか?とたずねたら、そうそう、「そこのみにて光輝く」が、そのもののよう、かな、と。鈍い色の海を思い浮かべながら聞く。

 

そのうちカフェをたずねて「柿干す?」と渋柿をいただいたあと、すっごく久しぶりにすずなりへ。滑り込みでロールキャベツ食べられた。すずなりのホットチョコレートラムをいただかないことには冬にならないからな。

 

2025/11/30(日)

山本さんの絵の展示を観に、丹波橋へ。一切れの梨や、コップに入った水、卵、クリップ、絵の具などのモチーフが、湧き水みたいな透明な佇まいで描かれていた。「身近にあるものを、できるだけ実物の大きさで」描いたと言ってはった。身の回りのものをこんな透明さを携えて見つめていたらそりゃこうなるだろうな、という健やかな気配の人。駅から職場までの道、小気味良く歩く、リュックをしょった背中をよく見ていた。

山本さんは、透明で健やかなもので組成されているのに、気さくで、コミュニケーション上手なのが不思議、といった要旨のことをそのまま本人に喋ると、うーん、描いてる時はずっと一人ですからねえ、と言ってはったのが心に残った。

お庭から切ったというざくろの枝を一枝いただいて帰った。

早めのバスに乗れたため、二条駅横の大垣書店に寄り道。のらねこぐんだんのトランプを、姪っ子へクリスマスプレゼントに贈りたいな、と思って探してみたけど見当たらず。のらねこぐんだんカレンダーが良さそうだった。

職場の方からゆずを、そのうちカフェで渋柿を、ギャラリーでざくろの枝をいただいた。

かわいいな。

アクリル小物容器!

あけましておめでとうございます。

まだ11月の日記を書きたいなあと思っているのに、年を越してしまった。

人様のおうち?のしめ縄(不思議なかたちだった)と、

そのうちカフェで出していただいた白みそのお雑煮とおせちのお料理。

他力本願なお正月っぽいお写真でした。

 

2025年に買ってよかったもの、という記事に憧れがあって、

いっこだけ買ってよかったとこれは書いてもいいのでは、

と思いうかぶものがあるので、

とりあえず今日はそれを書いて、また次から日記の続きを書きたいなと思います。

 

2025年に買ってよかったなと思っているもの、それは無印良品 アクリル小物容器!

 

上にのせているのは、宝物のガラスです。容器と別です。のせてるときれいやな、と思うのでのせています。

 

これを買って、わたしはあの綿棒のプラスチックのいれものを

使う度にかぱかぱ開け閉めすることが嫌いだったんだと気づきました。

自分が好きだと思っていることや、嫌いだと感じているものをちゃんと知るのは難しい。

わたしは、綿棒の容器の開け閉めがきらいで、チョコレートは口の中でとかしながらゆっくりと味わうのでなくて、ひえひえのものをガジガジ噛むのが好きです。

自分についてはっきりわかることゆるがないことは案外少ないですね。みんなはもっとわかってるものなんやろうか。

それではまた。

2025/11/17-2025/11/19 まだそこにいるみたい

2025/11/17(月)-2025/11/19(水)

月曜、朝起きると左耳がぼわーとしていた。つばを飲み込めば治るかな、と、そのまま家を出る。職場に着いても治らず、職場の人のお知り合いが突発性難聴になられた話など教えてもらう。電話応対の多い仕事なので、電話機を左側から右側に移す。受話器を左手でもって、右耳で聴いて、右手でタイピングする。退勤のころには、背中の変なところが筋肉痛みたいになっていた。

火曜朝、一晩寝ても治らず、昨日教えてもらった話によると、受診が早いほどいいとのことだったので、遅刻させてもらうことにして、病院へ行く。

歩いて15分ほどのところが最寄りの耳鼻科のようで(グーグルマップありがとう。わたしはインターネットネイティブの世代ではないので、これがなかったらどうしてたのかしらん、とこういう度にいちいち思う。誰かに聞きに行くのかな。どこに?誰に?)、普段通らない道を歩く。

神社の前、看板に「囀市 毎月18日」とあって、ん?あれ?今日18日?と、ちょっと通り過ぎたのを戻って、中を覗いてみる。

はじめてまいりました、と本殿?に手をあわせて、ほんとうに数店だけの出店のなかから、具にかまぼこがはいっているのがいいな、と思って巻きずし(350円)と、ちりめん山椒(たくさん入ってる・650円)を買う。「ちょうど千円。」見たことのない鮮やかな桜柄のビニール袋におばちゃんが入れてくれる。

(見たことのない鮮やかな桜柄のビニール袋)

耳鼻科では、“突発性難聴”のとの字も聞かず、耳の中に薬をぬられ綿を詰められ、鼻から吸引機で白いもやを吸い、明日か金曜にまたきてください(木曜はやすみのため)、と言われて2,650円支払って終わり。

ぼーっとしたまま出勤して、しゃべると耳に詰められた綿のために、自分の声が反響して気がおかしくなりそうになる。耐えられなくて、つまんで綿をとった。

(お昼に食べた。かまぼこが魅力的です。巻きずしにはきゅうりは必須派です。)

 

水曜、もう、今日は遅刻じゃなくて半休とらしてもらお、と、午前半休の身ににて通院。前日自分で綿を引っこ抜いたことを叱責されるだろうか、とびくびく自白。そんなんええよ、みたいな感じでほっとする。だいぶん腫れもひいてるので、このまま治ると思うから、どうもなかったらもう来なくていいよ、といわれて650円だったか。

 

先日北山のロイホの件により、久々五条のロイホに行きたい気持ちだったので、堀川通りからバスに乗ることにして歩く。陽ざしの良い日で、気持ちよく歩く。

理髪店の外観が好きです。

 

堀川紫明の交差点。堀川通のいちょう並木すきや。

 

ここの公園で、あのベンチに座って泣いていた気がする。なんで、とか、いつ、とかなにも思い出せなかったけど、ベンチに座って泣いている自分がまだそこにいるみたいに感じた。

バス車内は、海外からの旅行者が合計で5個くらいスーツケース持ち込んでいて、地元のおばあさま方がめちゃくちゃ不機嫌やった。5、6歳の子供の背丈くらいありそなスーツケースもいくつかあって、怒るのもやむなしですわ。

みんなのイライラムカムカの怨念うずまくバスからトウっと飛び降り堀川五条。ひさびさ、かつてのホームグラウンドのロイホである。

意気揚々参上した割に、事前にロイホホームページで見ていたランチメニューがここにはなく、さらにセットのスープも忘れられて提供されずちょっとしょんぼりする。

 

もうきっと、わたしのホームのロイホは北山なんである。五条のロイホに決別を告げ、まだもうちょい時間があったので、西本願寺さんのいちょうみてみよ、と寄り道。

前に、西本願寺さんきたときは、季節のものが気づいたらすべて過ぎ去ってる、と、近くに住んでいたけど、身体がしんどくて必死の気持ちで観に来たんだったな、と思い出した。

あの時に比べると、ちょっと寄ろうかな、で、やってこれた今日はうそのようかもしれない。ほんとうにこんな日にたどり着くんやな。

周りから見れば、お金も恋人もなにもなくて中年で、たまにちょっと破れた服とか着てるし、労働も、その人間関係もうまくやれへんしどうしようもない残念な人と判断されるのかもしれへんけど、将来の不安もずっとあるけど、もうでもいいよ。十分や。

信号を待っていて、この灯篭?の台座に獅子らしきものが施されているのが目に入って、精緻なもんですなあ、と感心する。自分の年齢が重なってきていることをこういうときに感じる。

んで、このあと先述しました伝道院さんをほおお、と眺めて労働に向かいました。

こういうなのが好きなのは、もう高校生くらいから確立?していて変わらない。

(おまけ・↑のひよこを撮ろうと頑張っていたら雨がぱらついてきたので、そやったそやった、ここには最高の絵画ゾーンがあるんでしたと地下に入りました。とりわけ好きだったものを。)

おわり

2025/11/01 改めて胸に灯る

2025/11/01(土)

(承前)

“京都モダン建築祭 × 路上観察学会スペシャルライブ”、会場が国際会館で、今回初めて入った。雨上がりの気持ち良い空気、雲の影が山肌に落ちて動いていて、息を吸いながら観る。影を面白く感じる心はなんやろう。コンビニの自動ドアのロゴマークを精緻にうつしたまま床に落ちる影も、瓦屋根のなみなみの影が、地面の線にそって落ちている一瞬の風景もすごく好きだ。

話がそれてしまった。床が絨毯でふかふかの建物内で、スマートフォンに表示されるチケットを提示し、整理番号をもらう。え、まだ8番目なんかな、とのんきにロビーで座っていたけど、これは「8番」ではなく「グループ8」みたいなものやった。おにぎりもそわそわと食べ終えて、いざここに並んでくださいというスペースに行ってみると、たくさんの人がグループ1から順に並んでた。ひとグループにつき五十人くらいはいたのかな。甲子園でグラウンドに高校球児全員が並ぶみたいに縦に、グループ毎二列ずつ。こういう二列とか四列で並ぶとき、一人で参加してると整列を乱すのよな。わたしの後ろに並んだのはカップルで、若干男性の方が私の右横の空きポジションに立っている。乱してすんません、と思ったのも束の間、聞いているこちらがむずがゆくなる会話を周りが聞き取れる音量でずっとしゃべり始めて止まらないので、申し訳なさもどこかに。繰り広げられる身悶え必至の会話、ひとつやふたつメモしておけばよかった。

開場時刻になっていざメインホールに。「宇宙みたいやがな~」という感想を心の中で言いながら入場。今日は、友人が仕事終わりに来るというので、その分も座席を確保しようか、でも、整理券も発行されているのに、そんなことできひんな、隣に誰も来ないといいな、とドキドキきょろきょろしながら挙動不審に座っているとほどなく横に人が着席してしまった。

開演少し前、友人と連絡がつくと、すでに前方に座っていたようで、手を振りながらこちらにやってきてくれてすこし話していると、隣にかけていた方が、「ここ、よかったら」など言ってくださる。びっくりして、いや、でもそんな、等言っていると、「僕も、前方に座れますし」と言葉を重ねたうえ、快く譲ってくださった。友人と、好青年でしたね、と言いあい、隣で見ることができた。わたしは本当にだいたいが一人なので、とてもうれしかった。

今日の出演は、藤森照信さんに加え、常盤貴子さんと、鈴木康広さん。常盤貴子さんは、大林宣彦監督の「この空の花」に出てらしたから好きだ。遠目からでも美しさがほとばしっていた。

第一部は「建築探偵 京都をゆく」 として、藤森さんひとりでのお話だった。心に残っているのは、西本願寺伝道院のアーチについてのお話。スライドを見せながら、この形は構造上おかしい。伊藤忠太はなにか意図をもってやっているとずっと思っていて、最近ようやくわかった。とインドでそのルーツを確認してきたお話をしてくださった。伝道院は、今の住まいに引っ越してくる前、わりかし近くに住んでいてしょっちゅう通っていたけど、アーチに疑問を抱いたことなどなかった。それよりも、建物を取り囲むようにたくさん設置されたゼルダの伝説みたいな石像がいつも気になって気になって仕方なかった。この石像については藤森さんいわく「伊藤忠太の趣味」とのことだった。趣味か~趣味なら仕方ないか~。

 

(2週間後に見てきた。)

↑お話に出てきたアーチ

↑ゴゴーっと押して動かして当たりの位置にくると隠し扉が開きます(うそです)


第二部は、この会当日に、藤森さん、常盤さん、本橋さん、扉野さんで京都市内あちこちめぐってこられた路上観察についてのお話。鈴木さんは、サンダーバードが止まってしまってかなり遅れての合流だったとのこと。

最初に徳正寺さんの、藤森さんの設計された茶室「矩庵」にゆかれて、あちこちめぐってこられたなかに扉野さんがいらっしゃったのはこのことよりとの由。矩庵、お邪魔してみたいもんだなあ。徳正寺の催しに行って、窓ガラス越しに見たことはあるんだ。いいな。あとは、とにかく常盤さんが美しくチャーミングだった。鈴木さんは、すこし作品を知っている程度でしたが、予想外に素朴な…庶民的な…お話をする方だった意外だった。かなうなら、もっともっと藤森さんのお話を聞いていたい催しだった。ウィキペディアによれば79歳ということやけど、がっしりとした体躯でかくしゃくとしたご様子、そして知的でユーモアのあるお話しぶりでお年など感じるまでもなかった。素敵だったなあ。

 

帰り友人に、ピタゴラスイッチなど好きですか、興味ありますか、もし、もしよければ、と横浜美術館 佐藤雅彦展で購入したもじもじフラッグ「ピ」を渡してみる。とても喜んでくれて、これはわたしがマグネット・コレクターだと知って!?と驚いてくれていた。ピタゴラスイッチも好き、佐藤雅彦展も気になっていたとのことで、マグネット・コレクターだとは知らなかったけど、興味がなければただ邪魔なだけだろうし、と今日持ってくるかとても迷っていたので喜んでもらえて本当にうれしくほっとしたと伝える。ああ、よかったよかった。気になるなと思ったところには行ってみる。何かをみて誰かの顔が浮かべば渡してみる。私の生きている実感ていうのは大げさやけどもそういうところからですねと改めて胸に灯る。

(帰宅後、友人より届いたマグネット・コレクションに加えてもらえた「ピ」。こんな素晴らしいなかにいれてもらえるなんてさあ!!!)