2026/07/24-2026/08/21 まっさらなマップにピンをたてる

2026/07/24(金)
労働。お昼、コンビニのねばねばそば的なもの。おそばは、添付のわさびを、後半で使おう、まずはそのままや、と食べ始めて、使うのを忘れて食べきってしまう。思い出してちゃんと使えるのは4回に1回くらいのもんだな。せっかくわさびを美味しく感じる大人になったのにな。

 

2026/07/30(木)
お昼コンビニに出る。じんじんと暑く、毎夏なる、空調で冷えた身体が解凍されてる〜〜の心地。
パウダーピンク、というのか淡いピンク色の軽トラを見かけて、そういえば、きのうクリームイエローの軽トラ見たんだった、あれは良かった、と思い出す。軽トラといえばミッション車なんやろうか。クリームイエローの軽トラをぶいぶいと乗れたら楽しいだろな。

(後日、ライムグリーンというのか淡い緑色の軽トラも見た。軽トラ界にパステルカラーブームがきてますか?)

 

2026/08/01(土)
よく眠った。よく寝ると息がしっかり吸えるようになる気がするな。
Amazonの荷物届けましたメールにのってるここに置きました写真の構図がなんか美しく消す気になれない。

夜、出町座のスケジュールをもらおう、と近寄りかけたら、前を歩く人がスタッフだったようでかろやかに入れ物ごと全て店内へ引き上げられてしまった。映画とか観てる段階ちゃうでと神様に言われてる。スタッフの人はなぜか虫取り網を持ってはった。

 

2026/08/05(水)
帰宅するなり、お風呂にもはいらず、JR東海ツアーズで一心不乱に新幹線+ホテルのパッケージを比較検討する。Googleマップでホテルの口コミを読み、ブラウザに戻って価格を確認、良さそなところは手帳に書きつける。うっし、ここや!と手続きを進めたところ、途中でエラーになってしまった。エラー画面にいくつか並ぶ説明のひとつに、「8/6,8/7は臨時ダイヤの反映のため列車予約ができなくなります」的なことが書いてあるのを発見。アッ、日付変わっているのか今8/6か、としばし天井を仰いだ。超特急でシャワーを浴びそそくさと就寝。珍しくなにかに張り切るとまあたいていこんな感じ。

 

2026/08/06(木)
労働中、お手洗いに立ち鏡の前で見た前髪が、かなりカーブを描きながら右に流れていて、「ピューと吹くジャガー」やないか、と思う。退勤後「ピューと吹くジャガー」を検索する。ぜんぜん違う。私のあたまに浮かんでいたのは「すごいよマサルさん」の方だった。

 

2026/08/07(金)
朝、日差しの入る方にむかって掲げ持った鏡を見てみたら、知らんような人がいてちょっとびっくりした。いつも、鏡は机において覗き込むようにして日焼け止めを塗っていて、明るい方に向かって見てみた自分の顔が、大人の、しっかりとしたおばさんの顔で、おお、と思う。

昼休み、職場の自席でピザとぎょうざを食べる。ひとり、ちょっとパーティーみたいになる。ピザとぎょうざで韻を踏んでるやん、とおもいついてしまったがために。がはは。

 

帰路のバス車内、イヤホンで空気階段の踊り場(8/3放送分)を聴く。ぴちぴちダウト、ハンカチで顔を押さえ、肩を震わせながら笑う。

 

2026/08/08(土)
めちゃくちゃよく寝た。学生の時以来?かのお盆休みスタート。ほとんど接客業しかしてこなかったし、今は事務みたいな仕事やけど正月しか長期休みがないとこなので、お盆こんなに休むのいつぶりか、という。


実家で夕はんいただく。トイレのカレンダーの17日のところに、母の字で“涼子 42才”と書かれてある。「ここまで来たんか、死んでたかもしれん道もあったやろな。」と心に浮かぶ。そやなあ、という気になる。

 

2026/08/11(火)

母がテレビで見たらしい、奈良の春日大社とかき氷、もしくは、新神戸まで新幹線に乗って摩耶山にいきたい、と言っていたので、奈良の博物館に行くことにした。

春日大社や六甲を歩くには暑すぎひんか、と思って。

 

以前、川口さんのところで松葉さんから教えていただいていた、奈良のお蕎麦屋さんにも行ってみたかったので、お蕎麦食べて、奈良国立博物館へ行った。

出雲そば だんだん

にんじんの天ぷらが心に残った。塩の入っている八角のお皿が素敵だった。

「南都仏画」展

 

法隆寺の観音菩薩立像から目が離れなくなって、ちょっと頭が変になって涙が出た。

あと、観重という人の、大仏開眼をかいたという巻物の「東大寺大仏縁起」と、

「天河弁財天曼荼羅」が心のど真ん中にきて、このみっつを行ったり来たりして見つめた。また観られる日が来るのかな。自分は、仏画にほぼ興味がわかないんだな、とわかった。

 

かき氷の有名店は予約が取れなくて、豆花。母は豆花も入ったかき氷食べてた。

 

帰りの電車の中で母が、使いこなせていないスマホの、まっさらなマップに、どうしたらいいん、と迷いつつ、今日行ったお店に初めてピンをたてていた。これで、また行ける、ここ行ったなって思い出す、と言いながら。

またこよ。涼しくなったら春日大社も摩耶山もいこ。

 

2026/08/17(月)
シャワーし終えて、浴室出ようとしたときに、白い固形石けんに泡がちょっと残っていて、それが昼光色の電球の明かりで光ってとてもきれいだった。
土曜の深夜に、ツイッターのアカウントを乗っ取られてからなんかしょげている。
前に買って置いてた、ユニクロのちびまる子ちゃんTシャツをパジャマに着た。
パジャマやとしても、半袖を着れなかったときがあったね。うがいするにも真上を向けへんかったね。
42歳の誕生日おめでとう自分。

 

2026/08/18(火)
職場の方からノンタンのかるたをいただいた。

「しらないねえ にゅる たこさんがいった」というノンタンかるたの札がとても好きやったという話をしたことを、覚えてくださってて。

 

 

帰路のバス車内で全話読み放題の「路傍のフジイ」をスマホで読む。
やよい軒から出てきた男性らのうちひとりがわりとしっかりとした音量で「真夏の果実」をやさしく歌っていて、思わず頭をそちらに向けて後ろ姿を見ると5人組でうち2人は肩を組んでた。良すぎる夏やろ。ちょっと泣く。

(翌日、別の方からノンタンキーホルダーいただいた。しらないねえにゅる、はみんなの心に残るんだな。)

 

2026/08/21(金)
労働、昼休みコンビニへ。
人力キックボードの人を見かける。LUUPじゃなくて、人力。で、なんか荷物も多い、一生懸命こいではる、と、面白くなってしまう。電動キックボードがあらわれなければ、この可笑しみを感じることはなかったのかな、新しいな、と思う。LUUPには乗ったことがない。

 

 

 

2026/07/03-2026/07/19 お花のテープは愛ですね

2026/07/03(金)

朝、通勤路。つばめ三羽が育った巣の前で円を描くように飛ぶ。楽しそう、としか言いようのないような様子なように見えて胸がじーんとする。


2026/07/07(火)

3月に、数年通って初めてすこし触れさせてもらった、この猫ちゃん、その触れた日以来ずっと姿を見ていなかった。

今日いた。もう、会えることがないかと思ってたよ。

できることなんにもないけど、いつも見つめるだけやけど、いてくれるとほんとうにうれしいよ、と、念じて見つめた。

 

2026/07/09(木)

ドイヒーな労働をして、いや、労働中にドイヒーな目に遭い、胃を痛めてしまったため(精神が胃腸直通)、和らげるものを投入するべく帰路コンビニに寄る。こんな胃の日こそきっと、セブンイレブンのバナナミルクスムージーを初めて飲む日にふさわしいはずと、スムージーコーナーをなめまわすように見つめるもバナナミルクがない。なんたらミルクはストロベリーミルクしかない。

 

2026/07/12(日)

自室でベッドを背もたれに座り込んでいたら、涙が出てきた。「疲れた、淋しい」って浮かんだ。そうなんかぁ、と思う。

(んなこと言うてるわりに、写真を振り返るとアイスクリームを食べてたようや。これ、めちゃくちゃに美味しいです。美味しすぎて悲しくなったんかもしれんな。感情揺さぶられるうまさだったんで。)

 

2026/07/15(水)

労働。昼休み、外に出て空き箱に座ってかき氷食べる。愛する久保田のん。かき氷は初めて。

昼休み 尻に空き箱 かき氷

 

一句できたな。

食べながら、高知のじいちゃんかき氷好きだったな、と思い出す。

あんまり京都では見たことのなかった、袋に入ったかき氷。いちご味。

なんていうたらいいの、板こんにゃく入ってるくらいの大きさの袋に、パンパンにかき氷が入ってるの。じいちゃんはチャーミングに笑って食べてた。

高知のじいちゃんと、京都のじいちゃん、それぞれの最期のことを思い出してちょっと泣く。外で、一人だったので泣く。

 

2026/07/19(日)

7/18(土)深夜2時ごろ「日記のおかげで正しく狂えた2」読了。最近ブログとかネットの文章はまた読めるようになってきたけど、映画に出かけるとか、本を読む気持ちを失っていて、それでもやっぱり、藤本拓さんの本は読める。

 

(お花のテープは愛ですね)

3年前に引っ越してきてから開かずの段ボールNo.2を開けた。

期限切れのキンカンのフタあけて嗅いでみて頭カーンてなった。一人で笑った。ああいうとき、笑ってしまうね。

日が暮れて、夕はんよ…と、サイゼリヤに出かけて「1」の方を読む。この前書きを読むと泣いてしまう。意味を、ひとつずつ追おうするその動きより一つはやく涙が出る。なんでやろ。一度読んでいるから、とかじゃないと思う。初めて読んだときもこんなだったような気がする。人間は知覚してること以上を感じとってると思う。「大豆田とわ子と三人の元夫」でオダギリジョーの役の人が言っていた、あのとき笑っていたあなたは、そこで今も笑っているというようなことで、この本を読んでいる時間わたしは、藤本さんがこの本のなかに含めなかったものなどまでひっくるめて触れているような気すらする。

映画に心震えるとき、そこでなにが言われるか何が映っているかがもはや関係ないように思えること、小説の、読んでいるその最中に物語そのものがどこか遠くなって後頭部のはるか後ろで焦点が結ばれ涙が出るとき、そういうものに触れたときの感触を、わたしは「日記のおかげで正しく狂えた」に感じている気がする。

こういうたぐいの感動のことを、文章にしてみても毎度自分でも何言ってんのか分からんのやけど、もうたぶん十年はこれを理解できないままここに書いてる気がする。とにかく、人間が知覚して理解してると思っている部分はごく僅かってことなんじゃないか。

 

こんなに、人間のことが愛おしくなる本あるだろうか。人間が絶滅して、次何か文明みたいなものをもった生きものがあらわれたら、この本を解読して人間を知ってほしいよ。

おにぎりコーナー

2026/06/03(水)

朝、駅のホームで一人、駅から勤め先までの道で一人、それぞれ海苔を巻いたおにぎりを立って食べてる女性を見かけた。駅のホームの方は、前通り過ぎる時、ちょうどかじる瞬間でパリッていう音が鮮明にいやらしく耳に届いた。

 

もうこんなのわたしも…!という決意でコンビニに入り、おにぎりコーナーの前で仁王立ちするも、海苔の巻かれたおにぎりが1個200円ほどすることにやっぱり怯んでいつも選ぶ海苔のない混ぜごはんみたいなのを選んだ。これ以上ない「ふんぱつして海苔のあるおにぎりを買う日」を逃した私は今後海苔のあるおにぎりを買うことができないかもしれない。

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2026/06/08(月)

お昼、イヤホンで踊り場聴く。もぐらさんがご実家の家族の話をする時、お母さまが言ったことを再現して話したあと、「あ、俺しょうたっていうんだけど」ってほぼ必ず補足して言うやつすごい好き。もぐらさん=しょうた と知らない人も楽しく聴けるよ。ほんま、いいラジオ。ラジオはケラケラ笑って聴いて、終わったらすっかり忘れてるくらいでいいのかもしれない。でも、踊り場で好きだと感じたところは言葉にして残したいようにも思う。

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「やほ

いただいて、おしゃ〜なこれを初めて食べたんやけど、大人用のこれという感じでした🫡」

2026/01/04・06・07 “寿”のかまぼこ・ハンバーグ・エビフライ

2026/01/04(日)

お出汁のみたいなあ、おうどんとか食べたいかもな。モスバーガーのミネストローネでもいいな、久しぶりにモスチキンも食べたいな、など思いもってモスバーガーの前に立つと、1月4日日曜日の午後8時、店内にお客さんは誰もおらず、店員さんがせっせと客席でモップをかけてはった。これは、ちょっと、踏み込む勇気がないな、と、やっぱなか卯いこ、と気持ちをうどんにセットし直して歩く。なか卯までの道々通るラーメン屋さん数軒、モスバーガーと同じくしてがらんとしており、お店の人みなぽかんとした顔をしていた。入ったなか卯も、入店直後は人がいたのに、タッチパネルであれこれと迷いながら食券を買い、ようやく席について顔を上げると客は誰もいなくなっていた。

「研修中」の札をつけた女性がお茶を出し食券を取りに来て、あっという間に親子丼とおうどんを置いてくれる。

わたしの存在はないように、店員さん同士が“何時間寝てるんですか”、“松井山手スーパー銭湯に行った”、などの話をしていて、ほどなく食べ終えて店を出るときもわたしの存在はないままで声をかけられることもなくちょっとほっとした。店に自分の存在がないようで、でもうどんにはおそらくお正月だけだろう“寿”のかまぼこが入っていて、うまく書けないけどとても良かった。

帰宅してすぐお風呂に入って午後10時ビアリストックス甫木元さんのラジオを聴く。初オンエアという新曲が早くも冒頭でかかり、その後の悪い夢のなかのような放送も、悪い夢みたいだと思いながらすべて聴き、午前0時お布団入った。幼いころの弟がでてくる夢を見た。

 

2026/01/06(火)

映画初め。出町座で「トリツカレ男」を観た。

 

コンビニで写真をプリント。幼いころの弟と祖父の写真を見て泣く。この先妹弟になるべく迷惑かけないで生きられるだろうか、と思う。

 

2026/01/07(水)

ここに引っ越してくるより前、スティック型掃除機をこかして、途中で折れてしまった。本体の方は無事なので、布団用ヘッドをつけて、布団クリーナーとして使っているのやけど、先の方をどう処分していいかわからずにずっといた。

 

長い年始のお休みの今、懸案事項としていたこの“掃除機の先”処分をどうにかしようと、クリーンセンターに持って行ってみた。「はい、ここでは処分できません」の一言で終わり、しょうがないので、そのまま掃除機の先を入れた紙袋を腕からさげて、目星をつけていた洋食屋に行ってみる。平日の昼前というのにとても混んでいて、また、みんな複数で連れ立っていて、一人なのは自分だけだった。

ハンバーグとエビフライ。見た目こそそそるものの、ドレッシングひとつから全部が自分には甘くって、唯一甘くないエビフライと白ごはんだけ美味しかった。一回行けたので気が済んだ。

お腹も満ちましたので歩く。先日の和菓子の催しで、鶴屋吉信のショーウインドウに飾られているのはお菓子(工芸菓子?)やと言ってはったので、ちょっと近づいてみてみる。ほおお、これがお菓子。おいしそうではないものの、言われてみれば食べられそう。

そのまま、前々より気になっていた、「京都考古資料館」に入ってみる。

インスタグラムに書いたのん、転記しとく。

「二階の常設展は誰もいないなか、好きなだけ好きなように焼きもの見放題で今年一番気分が高揚した。まじまじと見てしまうと絶対欲しくなるけど、じゃあこれひとつとお願いできるわけもなし、あまりじっくり見ないよう飛ぶように薄目で遠くから見てみたり、我慢できなくなって近寄って見たり最高にたのしかった。

神像は、とても小さなもの、おそらく、片手にのせられるくらいのものやけど、こんなところにいらしていいのかなという気配があって、でもこんな機会もないと正面から拝見していると涙のにじんでくるものだった。思い返してみても、優しさがうかぶ。きっとまた拝見しに行きたいお目にかかりたい。

浮かれたり涙ぐんだりした興奮のまま、常滑の大壷の中に落ちる影に手をあげて写真を撮った。めちゃくちゃ楽しかった、入場無料、おすすめ。」

 

あと、区役所で見かけた、保育園児の絵。すばらしい絵だらけ。とりわけとりわけ、と思ったもの。

2025/12/18・20 丸いものが上昇気流にのって遠くつやつやと光って見える

2025/12/18(木)

地獄。有休とるつもりだったところ、それはまずそう、と午前中出勤してきて、頭が痛くなるタイプの号泣するに至った。

午後1時半、退職理由を考えながら駅へ向かって歩く。

心がバキバキぼこぼこベコベコで、あれなんやっけ、新喜劇の一斗缶頭でぼこぼこにするやつ、とスマホを取り出しネットで検索する。一斗缶ではなく、アルミの灰皿を両手に持って頭を交互にしばくポコポコヘッドやった。島木譲二さん。10年前に亡くなられてるのや。もうここ数年、だれが生きていて、だれが亡くなってしまっているのかがだいぶあやふやで、それはまあいいことかもしれないようにも感じてる。

 

午前に出勤したために、一か所行きたかったところ(島本町の岡村商店)は今回はあきらめて、でも、茨木市のアートブックフェアには行ってみる。尋常でない量の冊子(尋常でない、は個人の感想です)が並んでいて圧倒される。私には多すぎる。よくわからんなりに、福永信さんの「実在の娘達」と、こいけぐらんじさんという方の「明日に関するある簡潔な記録」を買う。見本の冊子が数限りなく平均台のような什器に並んでいて、買いたいものが決まったら、その冊子に添付されているシールを台紙に貼り付けて窓口に持っていく、というなんかすごいシステム。もう閉館するという公共の施設で行われている催しで、偉い人の部屋っぽいところにも展示があって入れた。茨木市、不思議な街だな。暮れていく風景をこの建物から見られたことが心に残った。上水?がもう止めてあるようで、お手洗いにはキャンプなんかで使う感じのプラスチックの蛇口のついたようなお水のタンクが置かれていた。あんま時間もないので、慌てながらまた駅に戻る。お腹が空いたけど、どこかに入るほどの時間はなくて、注文してから作ってくれはるタイプのおにぎり屋さんでおにぎりを注文。出来上がった商品を渡してくれたおばちゃんがにこにこと「はいっ」と渡してくれてそのおにぎりがほかほかの温かさで胸がぐっとして、初めて来る駅と街に自分がちょっと緊張してたことに気づかされた。大人なのにな。

 



グーグルマップのいうままに、ゼップなんばに向かう。去年の11月にもゼップなんばに来てるのやけど、なんか違う駅から違う道で向かっている。なんせグーグルマップの言ってくれるまんま行くんで、主体性がない記憶もない。去年は道中、民家の軒先で柿が干してあるなあ、と見上げていたら、おっちゃんに声をかけてもらったのやった。「きれいやろ、間隔そろえて干してるんや!」的なこと言ってもらって嬉しかったな。

 

今日は、“Bialystocks 2+5 ツアー ”。

帰りの電車でスマホのメモ帳に書き留めたもの。

 

「あの、膨れ上がって会場からはみ出ていくようなイメージはもうわかなかった。美しくコーティングされた丸いものが上昇気流にのって遠くつやつやと光って見える。

 

コンガが入ったことで、アマゾン?ジャングル?の香りがたされて、ヘルツォークの「フィツカラルド」が思い浮かんだ。

 

灯台〜ミラーと続くのは、灰色の、雷雨の世界から、花の咲くまばゆい草原に出るような感覚がわく。たまらない。

 

舞台向かって左から ドラム→ベース→ピアノ→コーラス→ギター→パーカッション

前中央に 菊池さんキーボード 甫木元さんギター」

 

ドラムが左端に据えてあるライブって初めてやったかも。



2025/12/20(土)

区民しんぶんに載っていた催し「和菓子の記憶と物語」へ。

区長さんのごあいさつから始まって、区長さん女性の方やったんや、あ、わたし、区長さん知らんかったんや、と越してきて初めて気づいた。ここに越す前の下京区も区長さんは知らんままやったな。

 

長五郎餅の店主さん、鶴屋吉信の専務取締役さん、塩芳軒の店主さん、そして、進行役に冷泉家の冷泉貴実子さんが登壇された。区長さん含めて登場人物全員がばっりばりの京都弁。当たり前か。

 

冷泉さんのお話で、和菓子の意匠は抽象的な、削ぎ落とされたもので、そこに菓銘があって、想像をふくらませる。おまんじゅうに、鹿の焼き印がちょこっとついていて、「奥山」という銘がついている。そうすると「奥山に 紅葉ふみわけ鳴く鹿の 声きくときぞ 秋は悲しき」とうかぶ、と、諳んじてはった。その教養を要求するのが京都ですわな、というようなお話をされていて、ちょっとあまりに京都でヨヨヨとなった。今日の冷泉さんを思い出していて、もう20年は前に聞いた辰巳芳子さんの講演聞いた時を思い出した。辰巳さんはさらにちょっと過激で差別的に感じる面があって戸惑ったけど、不思議と厳しさと優しさが残ったな、と。

帰宅してお菓子をいただく。長五郎餅おいしいな。塩芳軒さんの羽二重は触れることがためらわれるくらいどきっとするような柔らかさだった。 鶴屋吉信のゆずのお菓子はまた明日に。

2025/11/21-2025/11/30 扉が開かれ呼び込みの声がかかる

2025/11/21(金)

 

2025/11/23(日)

高野のほうへ。職場の人に教えていただいていた、「ネパールキッチンサムジャナ」へ行く。ここかな?と、店の前に立ち止まるだけで、サッと扉が開かれ呼び込みの声がかかる。「良いお店ですよ」、って聞いてなかったら怯んでサササと逃げてる絶対。今日はここに行こうと思って出てきていたので、意を決して入店。

ネパール人シャフ

 

レンコンのカレー

辛いものが苦手で、今までにこういうカレーを食べたことがなかった。チーズナンも初めて。甘口を選んだけど、私にはじゅうぶんにからかった。

量もかなりあって、よく食べる方やと自負しているけど、限界をちょい超えてぎりぎり完食。ふらふらとカナート洛北を物色。ほどなくして、わけがわからんくらいだるくなり、さっさか帰宅し昏睡するように寝た。血糖値スパイク起こしていたんじゃないかと思う。当分もういいけど、初めてのこと(ネパールカレー・チーズナンを食べる)を実行できたので良い気分。

100均で思わず買った。フエラムネとかこういうパッケージのものに弱い。

2025/11/25(火)

昼休みKAN「まゆみ」を歌いながら歩く。

2025/11/26(水)

 

2025/11/29(土)

髪の毛を切ってもらいに。松山さんの故郷函館の方の生まれた町への旅のお話をうかがう。美容師を志すきっかけになった美容室をたずねてみるなど、ロードムービーのようなお話だった。私が北海道といって思い浮かべることができる風景は、佐藤泰志の「海炭市叙景」の小説と、それをもとにした映画くらいなもんで、あんな風景ですか?とたずねたら、そうそう、「そこのみにて光輝く」が、そのもののよう、かな、と。鈍い色の海を思い浮かべながら聞く。

 

そのうちカフェをたずねて「柿干す?」と渋柿をいただいたあと、すっごく久しぶりにすずなりへ。滑り込みでロールキャベツ食べられた。すずなりのホットチョコレートラムをいただかないことには冬にならないからな。

 

2025/11/30(日)

山本さんの絵の展示を観に、丹波橋へ。一切れの梨や、コップに入った水、卵、クリップ、絵の具などのモチーフが、湧き水みたいな透明な佇まいで描かれていた。「身近にあるものを、できるだけ実物の大きさで」描いたと言ってはった。身の回りのものをこんな透明さを携えて見つめていたらそりゃこうなるだろうな、という健やかな気配の人。駅から職場までの道、小気味良く歩く、リュックをしょった背中をよく見ていた。

山本さんは、透明で健やかなもので組成されているのに、気さくで、コミュニケーション上手なのが不思議、といった要旨のことをそのまま本人に喋ると、うーん、描いてる時はずっと一人ですからねえ、と言ってはったのが心に残った。

お庭から切ったというざくろの枝を一枝いただいて帰った。

早めのバスに乗れたため、二条駅横の大垣書店に寄り道。のらねこぐんだんのトランプを、姪っ子へクリスマスプレゼントに贈りたいな、と思って探してみたけど見当たらず。のらねこぐんだんカレンダーが良さそうだった。

職場の方からゆずを、そのうちカフェで渋柿を、ギャラリーでざくろの枝をいただいた。

かわいいな。

アクリル小物容器!

あけましておめでとうございます。

まだ11月の日記を書きたいなあと思っているのに、年を越してしまった。

人様のおうち?のしめ縄(不思議なかたちだった)と、

そのうちカフェで出していただいた白みそのお雑煮とおせちのお料理。

他力本願なお正月っぽいお写真でした。

 

2025年に買ってよかったもの、という記事に憧れがあって、

いっこだけ買ってよかったとこれは書いてもいいのでは、

と思いうかぶものがあるので、

とりあえず今日はそれを書いて、また次から日記の続きを書きたいなと思います。

 

2025年に買ってよかったなと思っているもの、それは無印良品 アクリル小物容器!

 

上にのせているのは、宝物のガラスです。容器と別です。のせてるときれいやな、と思うのでのせています。

 

これを買って、わたしはあの綿棒のプラスチックのいれものを

使う度にかぱかぱ開け閉めすることが嫌いだったんだと気づきました。

自分が好きだと思っていることや、嫌いだと感じているものをちゃんと知るのは難しい。

わたしは、綿棒の容器の開け閉めがきらいで、チョコレートは口の中でとかしながらゆっくりと味わうのでなくて、ひえひえのものをガジガジ噛むのが好きです。

自分についてはっきりわかることゆるがないことは案外少ないですね。みんなはもっとわかってるものなんやろうか。

それではまた。