巡ること踏みしめて確かめる

22歳から28歳くらいの間、映画館でもぎりをしていた。


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(いつも鉄仮面だったわけではない)

 

スクリーンがひとつの小さな映画館で、予算の大きな最新の話題作なんかはかからなくて、観に来るひとたちも、うつむきがちにてくてくとひとり階段を登ってやってくる感じの方が多くて、わたしは映画そのものよりもそういう雰囲気が好きだったかもしれない。

 

なので、それはもう頻繁に来てくださってるお客様で、何年も顔を合わせながら雑談一つしたことのない方もたくさんいた。

その中でも、何がきっかけだったか、ちょこちょこお話させてもらう人もいて、峰地さんは、そういう少ないお話させてもらうお客様だった。

綾部の方で養鶏をしていて、たまごの納品のため市内に来るときに、イノダでコーヒーを飲むのと、映画を観るのが楽しみなんや、と言ってはった。

細身の峰地さんは、若い頃に命を失うかもしれないような病だったのを、食事を大切にして乗り越えた、と言ってらしたように思う。

いつも、なんのお話をしてたのかな、たまごをいただいたり、一度は、たまごを産んだあとの親鶏をさばいたものを、わざわざ自宅に送ってくださった。

普段食べている鶏肉とは比べ物にならないくらい硬くて、そして味が濃くて美味しかった。

 

ほどなくして、映画館をやめて、何度かお手紙を送ってたと思う。

 

大体いつも持ち歩いている、切手のケースに、峰地さんの農場のたまごに付いていた住所の載った紙をいれていて、折りに触れ、お手紙を書きたいなあ、と思っていた。


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映画館を退職したあとはなんやかんやあって、今は食品などの個別宅配の会社で、ご注文の電話をとったり、カタログを作ったりしている。

 

今の会社に勤め始めて間もなく「きのう、今後取り扱うかもしれない農場見学に行ってきて、鶏肉とたまごをもらってきました。みなさん、試食してくださーい」と声がかかり、おずおず覗いた。みんな、この肉硬いな〜と言いながら食べていて、「綾部の方で」とか、「たまごを産んだあとの親鶏の肉で」とかが聞こえる。

え?え?、と思っていたら、切手ケースにいれている、峰地さんのたまごの紙とそっくりな紙が机の上にあった。

峰地さんは亡くなっていて、息子さんが継いでいらした。たまごの紙は新しくなっていた。

 

今の職場に勤め始めて、いくつか良い符号と思うことはあって、わたしはこういうことで、ここにいることは間違いではないのかもしれない、と、足場を確かめ踏みしめ、している。

 

このあいだの日曜日、職場のみなさんと、農場見学にでかけた。水や空気がきれいだということが手に掴むように分かってしまうような感じのする美しいところだった。峰地さんはここから来てくれてはったんだなあ、とただそれだけ思った。仕事、がんばります。ありがとうございました。


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