天国のドアたたく

ネットで話題になってる「ルックバック」という漫画をネットで読んで、「don't look back in anger」どんな曲やったっけ、って帰りのバスの中、ユーチューブで聴いてたら、私が高校生の頃に亡くなった母方の祖父が、あの今際の際、私の到着まで心臓を止めなかったのは、意志だったんだと唐突に解って泣いた。そのことを「偶然」とか、「美談」みたいな箱に、なぜなのかわたしはしまっていたけど、あれは優しさだった、おじいちゃんの意志だった。

高校2年生の私、体育祭か何かだったその日、早退けしたのか、早く帰れたのか、おじいちゃんが危ないということを聞いて、ふわふわした頼りない足で、でも止まれずに、一人、京都から高知に向かった。みどりの窓口のおねえさんは、いまからでは終電でも中村までたどり着けないことを教えてくれなかった。泣きながら電車に乗ってた。新幹線だったのかな、わからない。あれ以上心細い気持ちは知らない。数年後岡山駅のベンチを見た時に、泣いている自分がそこに座っていないことを不思議に思った。

ぎりぎり着けたのは須崎だったか、そんな駅で、父が迎えにきてくれていたような気がする。中村の病院までどれくらいかかったのか。到着するまで祖父は息をしていて、でも目を開けなかった。あれは、涼子がくるならもう少し起きておこうかという祖父の意志だった。それが、どれくらい力のいることなのか、もしくは容易いことなのか、私には判らない。でも、その源には優しさだけがあるということはわかる。

なんで、ぼんやり、人の死に際には、そういう不思議なことがあるよね、みたいな、ステレオタイプなもので折りたたんでしまってたんやろう。紛れもなく祖父の優しさやった。ありがとう。

 

それで、もうひとりの祖父の最期も思わずにいられない。父方の、同居していた祖父は、臨終の瞬間、家族は誰もいなかった。ごめんね、ごめんね。
熱が出ていたそうやから、色々なことが曖昧で、夢の中で、好きな歌とか、歌ってくれてたらどんなにいいやろうと思う。おじいちゃん、ごめんね。たくさん、優しくしてもらってありがとう。

 

「don't look back in anger」を聴いて、ミッシェルガンエレファントの「世界の終わり」を聴いて、バスを降りて、くるりの「ロックンロール」を聴いた。
「振り返ることなく 天国のドアたたく」と言っていた。


f:id:varjoja:20210719223131j:image

 

「晴れわたる空の色 忘れない日々のこと」