2025/11/01 改めて胸に灯る

2025/11/01(土)

(承前)

“京都モダン建築祭 × 路上観察学会スペシャルライブ”、会場が国際会館で、今回初めて入った。雨上がりの気持ち良い空気、雲の影が山肌に落ちて動いていて、息を吸いながら観る。影を面白く感じる心はなんやろう。コンビニの自動ドアのロゴマークを精緻にうつしたまま床に落ちる影も、瓦屋根のなみなみの影が、地面の線にそって落ちている一瞬の風景もすごく好きだ。

話がそれてしまった。床が絨毯でふかふかの建物内で、スマートフォンに表示されるチケットを提示し、整理番号をもらう。え、まだ8番目なんかな、とのんきにロビーで座っていたけど、これは「8番」ではなく「グループ8」みたいなものやった。おにぎりもそわそわと食べ終えて、いざここに並んでくださいというスペースに行ってみると、たくさんの人がグループ1から順に並んでた。ひとグループにつき五十人くらいはいたのかな。甲子園でグラウンドに高校球児全員が並ぶみたいに縦に、グループ毎二列ずつ。こういう二列とか四列で並ぶとき、一人で参加してると整列を乱すのよな。わたしの後ろに並んだのはカップルで、若干男性の方が私の右横の空きポジションに立っている。乱してすんません、と思ったのも束の間、聞いているこちらがむずがゆくなる会話を周りが聞き取れる音量でずっとしゃべり始めて止まらないので、申し訳なさもどこかに。繰り広げられる身悶え必至の会話、ひとつやふたつメモしておけばよかった。

開場時刻になっていざメインホールに。「宇宙みたいやがな~」という感想を心の中で言いながら入場。今日は、友人が仕事終わりに来るというので、その分も座席を確保しようか、でも、整理券も発行されているのに、そんなことできひんな、隣に誰も来ないといいな、とドキドキきょろきょろしながら挙動不審に座っているとほどなく横に人が着席してしまった。

開演少し前、友人と連絡がつくと、すでに前方に座っていたようで、手を振りながらこちらにやってきてくれてすこし話していると、隣にかけていた方が、「ここ、よかったら」など言ってくださる。びっくりして、いや、でもそんな、等言っていると、「僕も、前方に座れますし」と言葉を重ねたうえ、快く譲ってくださった。友人と、好青年でしたね、と言いあい、隣で見ることができた。わたしは本当にだいたいが一人なので、とてもうれしかった。

今日の出演は、藤森照信さんに加え、常盤貴子さんと、鈴木康広さん。常盤貴子さんは、大林宣彦監督の「この空の花」に出てらしたから好きだ。遠目からでも美しさがほとばしっていた。

第一部は「建築探偵 京都をゆく」 として、藤森さんひとりでのお話だった。心に残っているのは、西本願寺伝道院のアーチについてのお話。スライドを見せながら、この形は構造上おかしい。伊藤忠太はなにか意図をもってやっているとずっと思っていて、最近ようやくわかった。とインドでそのルーツを確認してきたお話をしてくださった。伝道院は、今の住まいに引っ越してくる前、わりかし近くに住んでいてしょっちゅう通っていたけど、アーチに疑問を抱いたことなどなかった。それよりも、建物を取り囲むようにたくさん設置されたゼルダの伝説みたいな石像がいつも気になって気になって仕方なかった。この石像については藤森さんいわく「伊藤忠太の趣味」とのことだった。趣味か~趣味なら仕方ないか~。

 

(2週間後に見てきた。)

↑お話に出てきたアーチ

↑ゴゴーっと押して動かして当たりの位置にくると隠し扉が開きます(うそです)


第二部は、この会当日に、藤森さん、常盤さん、本橋さん、扉野さんで京都市内あちこちめぐってこられた路上観察についてのお話。鈴木さんは、サンダーバードが止まってしまってかなり遅れての合流だったとのこと。

最初に徳正寺さんの、藤森さんの設計された茶室「矩庵」にゆかれて、あちこちめぐってこられたなかに扉野さんがいらっしゃったのはこのことよりとの由。矩庵、お邪魔してみたいもんだなあ。徳正寺の催しに行って、窓ガラス越しに見たことはあるんだ。いいな。あとは、とにかく常盤さんが美しくチャーミングだった。鈴木さんは、すこし作品を知っている程度でしたが、予想外に素朴な…庶民的な…お話をする方だった意外だった。かなうなら、もっともっと藤森さんのお話を聞いていたい催しだった。ウィキペディアによれば79歳ということやけど、がっしりとした体躯でかくしゃくとしたご様子、そして知的でユーモアのあるお話しぶりでお年など感じるまでもなかった。素敵だったなあ。

 

帰り友人に、ピタゴラスイッチなど好きですか、興味ありますか、もし、もしよければ、と横浜美術館 佐藤雅彦展で購入したもじもじフラッグ「ピ」を渡してみる。とても喜んでくれて、これはわたしがマグネット・コレクターだと知って!?と驚いてくれていた。ピタゴラスイッチも好き、佐藤雅彦展も気になっていたとのことで、マグネット・コレクターだとは知らなかったけど、興味がなければただ邪魔なだけだろうし、と今日持ってくるかとても迷っていたので喜んでもらえて本当にうれしくほっとしたと伝える。ああ、よかったよかった。気になるなと思ったところには行ってみる。何かをみて誰かの顔が浮かべば渡してみる。私の生きている実感ていうのは大げさやけどもそういうところからですねと改めて胸に灯る。

(帰宅後、友人より届いたマグネット・コレクションに加えてもらえた「ピ」。こんな素晴らしいなかにいれてもらえるなんてさあ!!!)

2025/11/01 屋根が開くのか?

2025/11/01(土)

ビアリストックス二人編成ツアー 於:磔磔

元々開催が予定されていた夜の公演がチケット抽選かすりもせず(だっただろうなという想像)、追加された昼公演の先着順のチケットを必死のパッチで申し込み、なんとか取れたやつ。開場時刻の15分くらい前に着くと、表に立っていたスタッフの方より「近隣の迷惑になるので、5分前くらいにまた来てください」と言われる。えええ、最近の磔磔はこういう入場なんか、と驚きつつ周辺を歩く。阪神タイガース仕様のお雛様を見かけた。整理番号43番。場内、円形のテーブル+椅子か、スタンディングかの様式の磔磔しか知らんかったのですが、この日は長椅子がずらりと並んでいて、自由席やった。前から5列目くらい?のステージ向かって左側の方に着席。長椅子がまあまあの長さがあるのに、左右の端っこにしか足がないので、重みに耐えきれず、真ん中でパーンって割れて壊れてしまう想像が頭をよぎり腰を掛けるの怖かった。あと、グランドピアノが入っている磔磔、というのも初めて観たのだった。磔磔備え付けの(と思っていた)アップライトピアノでやるんだろう、と漠然と思っていたら、ステージの3分の2を占めそうな様子でグランドピアノが鎮座していた。表の駐車場には、ピアノ専業㈱とある立派なクレーンみたいなののついたトラックが停まっていた。しかし、磔磔の扉にはグランドピアノが通れるようなのないのでは?と思うんだなあ。屋根が開くのか?

 

ライブ観たあとに書き残していたメモを確認すると「菊池剛のピアノはおにぎり🍙

やっぱり、なんでこの2人は2人でやってるんやろう」とあった。ジャズピアニストにおにぎり、っていうのも何なのですが、やさしい、実直、ためらいがない、みたいなものからの連想かなあ。自分でも、おにぎりって浮かんだちゃんと言葉にできるような理由はわからずにいる。なんでこの2人は2人でやってるんやろう、というのはもう何度観てもそう。奇跡のようなバランスと思う。そういえば何度目なんやっけ、と、指折り数えてみたら、タワレコでのインストアライブなんかも含めると、2022年に東京で初めてライブを観てから今日で10回目だった。10回目にして初めて自分が暮らしている京都でライブが観られたんだ。へへへ。

この二人編成ツアーは大阪と京都に行ったけど、両方とも最後の曲は「聞かせて」やった。胸が締め付けられるような良い曲。ほんとうによい曲。

www.youtube.com

「意味など無いけど忘れる日々を 響かせ

いつかはすべてを笑えるように 聞かせて」

 

9月のザ・シンフォニーホール大阪での二人編成ツアーのライブを観たあと、その興奮をそのまま書きつけるように、転がるように、インスタグラムで「ビアリストックスは日々の生活が奇跡であること、明日に希望が待っている(と願う)ことを音楽にしているバンドで(私見)、 」と書いたのやけど、勢いだけで記した割に、その後もやはりそうやんな、と思い出したりしている。甫木元さんが幸せそうに「聞かせて」を歌っている姿を観ると胸のうちに歓びがわきあがる。

 

開場を出て、ああなにかしたい!!という気持ちで、ツアーグッズのマグネットを買った。銀色の袋の、中身がわからないランダムグッズ。こういうものを買ったのは初めてな気がする。

 

マグネット握りしめ、るんたるんたという効果音がつきそうな足取りで、次の楽しい予定へずんずん向かう。“京都モダン建築祭 × 路上観察学会スペシャルライブ”のため国際会館へ。わたしは路上観察学会が好きだ。藤森照信さんが出られるというので反射的にチケット申し込んで、申し込んだ後でビアリストックスのライブの日だった!と気づきあわあわしたけど、幸いはしごできる時間だった。

 

国際会館に入るのも初めて。館内のカフェが営業しているというので、何も持たず食べず向かったところ、並んでいるし席はないしで、また10分ほど歩いて駅まで戻ってコンビニでおにぎりを買った。

そこから再度国際会館へ向かうときに、どうせなら地上を歩いてみたいな!と、エレベーターに乗ってみたら、地上に出られずエスカレーター一階分をあがるだけの、おそらくは車いすの方用のエレベーターで大変恥ずかしかった。

変な汗をかきながら結局地下の通路で国際会館へ再度向かい、ほんとは飲食おこられるんかな、とびくびくしながら隅でおにぎりを食べる。係員の方がこちらに近寄ってくるのが見えて「ひいい」と思っていると、隣の男性に「傘の持ち込みはだめなんです」的なことを言ってはったびびった。傘持ってなくてよかった。

(つづく)

情緒のつかみどころ

2025/11/06(木)

8:35

いつもの職場最寄りの駅で下車。向かいから歩いてくる人が、薄い色のサングラスにゴルゴ松本さんのような髪型、という出で立ちだった。ほかが勤め人ばかりなので浮き立っているな、と思いつつぼーっとすれ違うところ、頬に米粒と思われるものが一粒漫画のようについているのに気づいて振り返りたい気持ちをぐっとこらえた。一気にいい人のように感じられる不思議。お腹いっぱい朝ごはんを食べて出発してきたんだろうか。

 

14:25

休憩。木曜はいつも休憩とるの遅くなり気味。職場のレンジでパックごはんチンしながらふいに「ひえたはっぽうさい」っておもろすぎひんかな、と思い浮かぶ。悪役の名前として、おもろすぎるやんな、とこみあげてきて一人でちょっと笑う。

 

(落ち込み気味だったのでハーゲンダッツパワーを得ようとしたけどうまくいかなかった)

 

2025/11/07(金)

8:00

カラスが頭の真横を通って犬が吠えるみたいな声が出た。

2025/11/08(土)

21:40

バスで、「ごめんやっしゃ」って口に出して言ってるじいちゃんを目撃。新喜劇以外で初めて聞いたかも知らん。

(ごっくん馬路村さいこう!!!)

 

2025/11/12(水)

「はっ、いいな」って思ったところをぱっと写真に撮ることができる日だった。

ふたばからあがる湯気。風向きによるのと思うけど、たまにもち米蒸したみたいない~い匂いがする。眼福があるなら鼻福もありますか。

なんかえらいぱきっとしていたたんぽぽ。元気そ!と思って撮ったな。

昼休みに最高の猫ちゃんを見かける。ああ、ありがたい、と、頭を垂れるような心持ちにてそうろり前を通り過ぎさせていただいた。

帰路のバスで、真後ろの座席の男性がささやくような小声で通話してるんやけど、異国の言葉で、何語かわからない。ヤスミン・アフマドの映画で聴いたような気がする言葉でずっと聴いていたいような気になって、イヤホンせずにいる。あーあの映画で聴いたような言葉、って思うときの嬉しさってなにかね。この嬉しい気持ちは大切で、全部が英語にならなくていい理由な気がする。昔観たチェルフィッチュの「地面と床」も思いうかんだ。それぞれの母国語。

 

2025/11/13(木)

ここ数日、起きた時に夢を見ていたような感覚が残っていて、あまり熟睡できてない気がする。ほんとうに記憶が朧げやけど、何かが光った気がした、とかで深夜立ち上がって室内の照明を付けて、勘違いだったか、と消してまた寝る、みたいなことを自分がしたような覚えもうっすらある。なんか変。

そうして、ちゃんと眠れなかった気がする、と思いながらも、私には起きるっていう選択肢しかないよなあ、と身支度する。暗い心でバス停に向かって歩いていると、わたしを追い抜いていく人が「おはようございます!」と声をかけてくださった。ねこのひげの方だった。そこのスーパー奥のそうざい屋さんを今日からやるんです!とのことだった。「えええ、そうなんですか!きょ、きょうも一日がんばりま…(頑張りましょうはおこがましいかという葛藤、のち)がんばります!」と言ってしまった。後ろ姿でわたしとわかって、おはよう!と声をかけてくださった、とじーんとしながら歩いていると、女子学生の列の先頭まるまるした柴犬とおばあちゃんが務めているという、まあいいもんを目撃。ラッキーラッキー。

 

12:54

さしだせるものがなんもないまま41になったな、と思い浮かんだ後、「万事平和」とも思う。我ながら自分の情緒のつかみどころがいまいちわからない。



北山のロイホ・遮断機・ソーゾーシー

2025/10/19(日)

駅のホームで、車椅子に乗っている方が、駅員さんと電車を待ってはった。車椅子にはマジックハンドに見えるものがささっているように見えた。何か落としたら、あれで拾うのかな、とそのシーンを思い浮かべた。

スマホの動きが鈍くなっていて、再起動したけど変わらんので、Googleフォトの端末のデータを全部消した。使ってないアプリを消して、キャッシュを消して、どうなるか分からんけど一部はストレージも消した。スムーズに動くようになってフフフ。

 

スパングルコールリリーラインの「ナノ」聴く。ちょっと涼しくなると途端に聴きたくなるやつ。

youtu.be

お寺の前に「何一つ無駄な体験はない」的なことが筆で書かれて貼りだされているのが目に入り、心の中で「うるせえ」と悪態をついた。あるよ、ただ辛いだけで、忘れるしかないようなことも起きたりするよ。

 

2025/10/25(土)

前夜、塩化マグネシウムをざばっと入れた湯舟に浸かって気絶するように眠ったおかげか、ロイホのモーニングに間に合う時刻に起床。いそいそとバスに乗って北山のロイホへ向かう。

窓際の席に通してもらえて、前に来た時に気になっていた道向かいの大きな土地どうなってんのかな、と眺めたらば更地になって壁に住宅展示場ができる旨書かれていた。前見たとき、何作ってるのかな、と思ったけど、あれは壊してたんだろうきっと。

鮭と目玉焼きのごはんのモーニングにする。ロイホのこの鮭が好き。大根おろし添えてくれてるとこも、和紙みたいな包みの海苔も好き。いただきながら、ああ、今週、頑張って働いたかもしれない…という気持ちがぽつぽつと浮かんできて、そのタイミングで撮ったので食べさしになってしまった。

「いらっしゃいませ」っていう店員さんの声になんか聞き覚えがある?と思ってその声の人の方を見てみると、引っ越す前ちょこちょこ行っていた、五条の店舗にいらした方のように思われた。声って案外覚えてるんやなあ。

 

ロイホの季節で変わるパフェの中でも、秋の、栗のやつは食べなあかんのや、という使命感がある。栗のパフェでも、松竹梅、みたいに3ランクあり、竹にあたる価格のやつにした。ブリュレパフェでジャスミンティーのゼリーなどとあわせてあった。ベタやろうけども、昨年やったかの、ほうじ茶とあわせてたやつのが好きやったな。やや、今日のも美味しかったんです、えらそなこというてすんませ。メニューに書いてあった通り、ドリンクバーのジャスミンティーと合わせていただきました。ごちそうさまでした。

帰りレジを、先ほど五条のお店にいはった方では?、と思った方が担当してくださったのやけど、「五条堀川店にも来られてましたか」と声をかけてくださってびっくりした。そんな頻繁に行っていたというわけでもないのに、覚えていてくださったんだな、とじーん、とする。「また、こちらの店舗もよろしくお願いします。」というようなことを言ってくださっていたと思うけど、浮足立っていて、ちゃんと覚えていない。お礼を言うのが精いっぱいであわあわと出てしまった。嬉しかった。

 

ふわふわの気持ちのまま歩道に降り立ち(店舗は2階)、交差点の柵に絡んだ植物があんまり見ない雑草だな…?と近寄ってみたら名札がついてた。名札つけてもろてんの、そうなん、とノイバラに心の中で言うてみてまたうれしい気持ち。

四条河原町へ向かうべく、バス停でバスを待ってたんやけど、最初に来たバスが空いていて、混んだバスに乗りたくないな…の一心で、予定じゃないバスに思わず乗ってしまった。混んでるバスとか、何かに並ぶとかが本当に苦手…。乗ってから、この乗ったバスがどこへ行くんかルートを見ていると、こりゃまずいかもしれん、となり、グーグルマップであわてて検索。修学院駅前という降りたことのないバス停で降りる。

 

また別のバスに乗り換えるべく、叡電の踏切を、警報が鳴りだしたんで止まって待つ。横に、2歳くらいと思われる男の子(推定)と、保護者おふたりがいて、「ほら、くるよ!」とか言うてはった。電車好きなんかな、と思っていたら、男の子が手に持っている黒と黄色の棒を、遮断機の棒とシンクロするように、と動かし始めて、電車じゃなくて、踏切そのものが好きなん!と、あまりのかわいさ愛おしさで心がパンッとなった。思わず一瞬視線をむけてしまったんやけど、男の子は、にこりともせず、真剣な面持ちで棒を掲げていた。手作りっぽくはない、既製品のようなその黄色と黒の棒はどのように調達したんやろ、ああ、なんていいものを見ちゃったんやろ、これに出会うために、このバス乗ったんやな、など思いながら、結局はぎゅうぎゅうの京都バスに乗って改めて四条河原町へ向かった。

なんとか、開演時間前に着いた“ヒューリックホール京都”。“旧立誠小学校”やった時に立誠シネマに来ていたぶり。ヒューリックホールになってからは初めて足を踏み入れた。「ソーゾーシー京都公演」を観に。

沢山落語を観に行ったことがあるわけではないんやけど、落語を観るといつも思うのが、出演される方々から観客がすごく大切にしてもらってる感じがする、ていうことで。その場に応じた言葉ってことだけでなくって、目線や声から、全てが今、ここにいる人に向けられているんだという感じを受ける。演劇や、音楽のライブなんかもそうといえばそうなのやけど、落語には特別、この場に来てよかった、と思う温かさを感じる、気がする。

瀧川鯉八さんがオープニングトークで、「ああ今日来てよかったな、ああ生まれてきてよかったな、って思っていただけるような時間にしますので」といったようなことを仰っていて、大げさな、という雰囲気で会場みなふふふと笑っている感じやったけど、また今日のような会にくるために、長生きしたいかもしれないな、なんて帰ってきて思い返していて浮かんだくらい愉しく幸せな時間やった。

 

玉川太福さんの高座も、浪曲というものも初めてやったのやけど、今日一番しびれた。玉置浩二さんのアウトロのパッションを浪曲に取り込む試みを(ex.大黒摩季のららら部分、北の国からのあああ部分、チャゲ&アスカのヤーヤーヤー部分)、桃太郎でやります、というお話(「昔話を曲にのせ」) 。浪曲には、曲師さんの伴奏がつくそうで、玉川みね子さんの三味線が完璧なタイミングで入るのがすごかった。息が合う、というのを目の前で見た。テンポが揃うとか、そういうんじゃない、息を合わせる、というものを観たような気持ち。あと、声がめちゃくちゃ大きくて、時折どきっとするくらいだった。

浪曲を観たことがない人のために、と、最初説明もしてくださっていて、落語は話の最後にオチがあるけれど、浪曲は盛り上がってきた!ここからだ!というところで終わって非常にもやもやとしたものが残るものです、と仰っていて、今日の桃太郎は、桃太郎が桃の流れてきた川の上流に向かおうとし、けれど、水に浮く素材で作られた“桃的ななにか”がずらりと並んでいるところを目にして、流してから探しにもこないやつは親じゃない!と思い直した桃太郎が、家に戻りおじいさん、おばあさんを、お父さん、お母さんと呼ぶシーンで終わった。落ちているのでは?)

 

今日一番笑ったのは、トリをつとめはった立川吉笑さんの「くしゃみ指南」。自由律俳句になってる~!で地団駄を踏んで笑った。

昇々さんは拝見するの、中野のホール?で観て以来二度目やったと思うけど、毎回座布団のうえで走る方っぽい。みずくさいよ、水草水草、わたしはとなりで泳ぐメダカ、で耐えられず顔を覆って30秒ぐらい引きずって笑った、ツボに入るとはこのことか、と初めて知った。鯉八さんは、別世界に飛ばされた、これは落語…?なん?って毎度なるねえ。

エンディングトークで、物販の売り上げがソーゾーシーの活動資金になると熱くいうてらしたので、Tシャツを1枚買いました。演者の皆様が販売に立ってらしたけど、面白かったですの一言も言えなかった。面白かったです!!!!また来ます、また京都公演やってね!!!!!

ヒューリックホール出たとこの広場のすみっこにある、「ヒグマドーナツ」というお店。

稚内の友人がスーパーに販売に来ていて買った!美味しかった!と言っていて、検索してみたら東京と京都の2店舗しかないお店が、稚内で出張販売していたそうで、前から興味があり本日はこれは好機と、落語終わってすぐ買って食べた。なんにもかかってないプレーンと本日のコーヒー(ホット)にした。正直なとこ、コーヒーと食べるのに、もうちょい甘いやつにすればよかったナーていうのはありましたけども、あつあつ揚げたてくださって(そういうタイミングやったのか、プレーンを頼むと毎度揚げたてなのかはわからんかった)、ほかほかのドーナツというだけで幸福度は100だったな。落語観て、ドーナツ食べて、コーヒー飲んで、広場に座ってる人でひとりぽっちなん目視する限り自分だけやったけどさあ、まあ幸せやなあとおもてるんでいいんです。愉しかったなあ、を心の中で50回くらい反すうしてコーヒーも飲み終わったんで腰を上げ、良品週間の無印を2軒覗いてみたけど長蛇の列やったんでそそくさ帰宅して昼寝しました。いい一日でした。

(ああ楽しかった。)

2025/10/04 もういいか、このまま寝てみるか

2025/10/04(土)

(承前)

ペドロ・コスタ・ランドを這這の体で出たあと、ミュージアムショップへ。フロアが分かれていて、三階だったかの、ミュージアムショップのある階に行くと、大きな窓のもと、円形のテーブルが6個?(もっとかも)ぐらい並んでいた。わたしが今年決死の思いで買ったテーブルよりも高い、大きい版のものがごろごろと。東京はすごい。…東京、のすごさか?(そういえば今年は、なにがきっかけやったか、とにかく明るい安村さんの「東京ってすごい」というネタを初めて見てめちゃくちゃ良いなと思いました。とにかく明るい安村さんは、“歌舞伎キャッチャー”というネタ?キャラクターもすごく好き。)自分では選べなかった天板のものだったので、記念に指先でちょっとだけ触らしてもらっておいた。誰でも使える休憩スペースみたいな感じやったから、用事はないけど座らしてもらっといたら良かったナー。動揺していたな。

 

で、ミュージアムショップで、ペドロ・コスタポストカードセット(勢いづいていて買ったけれども、私はこの葉書を誰に送るのか)と、観たかったけど来ることができなかった昨年の新進展「現在地のまなざし」の図録があったのでそれと、今年高知県立美術館で開催された展覧会「窓外」の図録もあったので買った。もう、どう考えても荷物が限界。

 

グッズ購入も済ませ、美術館併設のカフェへ行ってみる。大変しゃれた雰囲気で満席だった。わたしの後に並んだ男性は、大きなテーブル席でカップルと相席になっていた、あぶなかったカップルに対し一人で相席はしんどい、ラッキーラッキー。

カレーとルーローハンのあいがけなるメニューにする。その二つがあいがけになるの?と思いきや、まじっても美味しくなるお味だった。美術館のカフェでこんなものがいただけるとは、東京おそろしい。ルーローハンのお肉にお好みでかけてください、と置いてくださった「柿酢」が初めて知るもので、しゃれているうえに上品で、かけるとさっぱりしてとてもよかった。

あと、お水のグラスがいやに素敵みえて、底面のぞいたら「HS」とあった。なんとなし、喫茶店=HS/ハードストロング、で憧れのあるグラス。

こんな素敵なのもあるのかあ、と心に残った。買おうかしらん、と検索したら6こ組みしかみつけられず。半分の3個あれば十分やなあ。ルーローハンに付いていたお茶を出してくださったマグカップはどこのものかわからず。これもかわいい。

○ハリヨの柿酢

ハリヨの柿酢: HALIYO KAKI VINEGAR

○ハードストロング スタックタンブラー ブルー

https://www.shonan-salan.com/view/item/000000010749?category_page_id=ct202

 

隣の席の女性4人組は、みな同じ地方出身の東京在住、というつながりのようで、時折方言が交りながらも、話している内容は美容整形のことやったり、東京を乗りこなさんとす、という意欲のある女性という感じを受けるもので、ぼんやり聞き耳を立てたり、立てなかったりした。

女性らはみな、きれいなパフェを食べてはった。また来ることがあれば、きっとパフェも食べてみよう。

 

外に出ると、だいたい雨はもう上がっていて、でもこの恵比寿ガーデンプレイスというところは、濡れた地面がとても滑りやすそうで緊張しながらそろりそろりと注意ぶかく歩き駅に向かう。

今度は、恵比寿の駅まで動く歩道のある屋根つきの通路を通ってみる。

横浜の桜木町からみなみとみらいの間も、屋根のある動く歩道ゾーンがあった。大阪駅にもあったと思う。都会の証やな。

 

新幹線の時刻まで、あともう一か所くらいどっかにいけるかも…と思いながら山手線に乗ったらばうまいこと座れて、そしたらすごい眠気がやってきて、リュックも限界の重さを超えたし、もういいか、このまま寝てみるか、と、降りるつもりだった東京駅を過ぎ、意識もうろう、山手線一周ちょっと分を寝た。

眠気が強くて、夢うつつのなかやけど、逆回りの方が早い距離を、このひとは時間のかかるこちらを選んで乗ってるんだな?ていう感じの方が思いのほか多かった気がした。空いてるとか混んでるとかで使い分けてるんかな。

 

山手線一回りちょい、1時間少々うつらうつら、目を開けたらだいぶすっきりしていた。回復した身体で、東京駅の崎陽軒シウマイバーというのを探す。今回、ホテルと新幹線のセットにクーポンついていて。シウマイ食べ比べセット+お土産お持ち帰りシウマイと交換できるということで、意気揚々やって来た。クーポン使用の人が列をなしているところ、海外の方らしき店員さんがちゃっちゃかさばいていてとても感じが良かった。さばく、と、ホスピタリティは両立するよなあ、人柄なのかしらん。クーポンで引き換えられるシウマイセットのほか、お飲みものなどどうですか、と件の店員さんにしっかり勧められて、あなたが言うならよろこんで、と、ウーロン茶を追加して、帰りに月餅も買う。昨年やったかに、そのうちカフェへ行ったときに、「崎陽軒の月餅食べる?」と出していただいたのがとても美味しく、崎陽軒に月餅が!?とびっくりしたのが心に残っていたので。崎陽軒も、ありあけの横浜ハーバーもすーきや〜。

自分が持てる限界の重さとなった荷物にふらつきながらも、ディーンアンドデルーカのフラペチーノ的都会の飲みものもちゃんと入手し、新幹線発車時刻前にホームに到着、無事に乗車。

車窓にながれていく夜の東京、LEDであろう極端な明るさに光るオフィスビルっぼいものを見上げて、もしわたしがあそこで働いたらとしたら、間もなく精神がレレレとなるよね、と、前日に思ったこととおんなしことを心に浮かべた。東京ってすごい、と心でつぶやきつつ、またきっとなにか観に来たい。

(お役立ち情報もない、何も起きない旅行の記録を読んでくださった方ありがとうございました・おわり)

 

帰宅後、東京都写真美術館のそれよりも一回りは小さい自宅のテーブルの上に広げたお土産のあれこれ。

わたしの生活に加わった「ピ」

2025/10/04 (佐藤の宝物)(Sato's precious item.)

2025/10/04(土)

(承前)

まあまあ元気な状態で起床。

曇天、ホテルの窓から見える向かいの道、なんかすごそうな工事をしている。

昨晩歩きながら、海に出ていく川と道路の重なりが不思議やったけど、やっぱ地下なんかすごそう。

駅前のアンデルセンにモーニングを食べにいく。爽やかな山が描かれたバター(ホイップタイプ)が初めて食べるバターでうまい。いいなあ、アンデルセンのモーニング。美味しいし、お店の人も親切だった。

良い気分でお店を出て、るんるんしている勢いで、目の前にあった横浜ハーバーのお店で、このあとの予定を考えるとまだちょっと買うの早いかな、と思いつつも気が向いてお土産を選ぶ。

またここの店員さんもチャーミングな感じの方で、「横浜ハーバーすごく好きでっっ」が言えてしまった。喜んでくださってた感じなので嬉しかった。横浜ハーバーが好きなんだ。かわいいし美味しいし。

さて今日は東京に行こうと思ってんにゃけど(帰りの新幹線も東京駅からのにしている)、なんとなくもっかい横浜美術館へ行く。そや、まだすいている併設のカフェで佐藤雅彦展特別メニュー「ピタゴラスの定理による馬車道十番館プディング3兄弟(略してプディング3兄弟)」を食べよう。プリン美味しいんやけど、なかなか量もあって、モーニング食べてから間髪入れずにこれなんでかなりお腹にたまった。こういう展覧会特別メニューを頼むのは初めてだったな。

プリンを食べつつ、前日撮った写真を眺めながら思い返してみる。

 

ぐっときたキャプション“(佐藤の宝物)(Sato's precious item.)”

 

「指紋の池」

2010年の「これも自分と認めざるをえない展」 に行ったときには、一人やけど並んで自分の指紋も池に流した覚えがあるな。今回は並ぶ勇気がでなくて、やらなかった/やれなかった。

 

あと、美術館限定のたなくじ。

 

横浜美術館は、こんなピンク~赤色っぽいテーブルが館内・館外にたくさんあってとてもかわいらしかった。いっこほしい。高そうだ。

佐藤雅彦展」、観られなかったものも多いけど、なんか思い残すことがなくなったような気持ちになって、いざ駅へ。

 

土曜日の横浜。ちっちぇえわんこを連れている人が多いな。ちっちぇえわんこ連れてないと人権がないような気すらする。うそです。

最初、グーグルマップが横浜駅へ行けと言っていたはずで、そっちにいくつもりやったけど、なんのことはない、みなとみらいの駅が近いんすね。

この、中二階みたいなところ行き方がわからないスペースだった。

 

みなとみらい駅→中目黒(乗り換え)→恵比寿へ。

なかなかの雨が降っていて、ひとまず駅の前にあったビオセボンに入ってみる。土曜日のお昼過ぎくらいでこんなにガラガラなのは大丈夫なのか。東京はすごいな。(帰りに、屋根のある、動く歩道のある通路があることを知りました。東京はすごいな。)ここでも、職場でおすそ分けしたいお茶やお菓子など買う。もうだいぶ荷物がいっぱいになってきた。

 

小雨になったので、いざ東京都写真美術館へ。

途中のワニブックスと、恵比寿の街区表示板

しゃれたところにある、お金のかかっていそうな立派な建物にあって、びくびくしたけど受付の方は優しいし、潤沢にあるロッカー(横浜美術館へのあてつけ)へ荷物をしまおうとしたときに、鍵の閉め方がわからず焦っていると、首からカメラをさげたやさしい雰囲気の女性が、やさしい言葉で助けてくださって涙ぐんだ。すでにいいところで、ここに来てよかった、と思う。(なにもまだ作品を観ていないのに)

 

で、ここでは、「総合開館30周年記念 遠い窓へ 日本の新進作家 vol. 22」と、「総合開館30周年記念 ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ」を観た。

 

以下、どちらについても、まだ会期中ですし、ほんとうにロクな感想でもないので、それでもいいという方だけ読んでください…何卒…

 

 

「遠い窓へ 日本の新進作家 vol. 22」 



寺田健人

写真外の小道具に、「えええ…」と思う。こんな落書きみたいな汚れ、放置することないよね?なんかワークショップでもここでやったん?など想像してると、中央の展示物にこんなのが。「えええ…」でした。

全体にホラーの様相。写真としてどう思ったとかがあまりうかばない。

しいていえば、怒ってはるのかな?怒りを込めてる?という感想。

いただいてきた作品リストに添えられた文章を読むと、そういうのではなさそうやけど、あの場に立って感じてたのはなんか怖い、と、この人は怒ってるの?やった。

 

スクリプカウ落合安奈

35ミリフィルムを投写する機械、なのかな。きのう佐藤雅彦展のだんごシアターであれなんやろ、とおもたばかりのもの。2日連続で目にするとは。あとから調べると“スライド映写機”というものかな?と思われる。

その機械が計5台。数秒ごとに写真を切り替えて壁に投影している。完全に機械が同期してタイミングぴったりに動かないとあかんけど、いったいどうやって制御してるんか。

じっくりと見せたくない?機械はアナログやけど、とてもSNS的ではないか、言葉と併せてごまかしてへんかなんかたくさん言葉も挟まれてるけど、なにを言いいたいんや。

きれいっぽい、光のいいっぽい写真が1秒ごととかにガシャンガシャンというアナログゆえの機械音とともに切り替わっていく。あたまの右上に「?」が浮かんだのみやった。

ちなみに、この展覧会のキャッチになっている、陽のあたる食卓に湯気のたつ料理がある写真は、プリントされた写真が展示されてた。

 

甫木元空

わたしは、ビアリストックスも、甫木元さんの映画も小説も好きなんで、もう純粋にこの場にある写真のみでどうのという感想を記すことはできひんのやけど、あの高知の空気がそのままにあって一枚ずつの写真の前でそれぞれに立ち尽くした。たまにちょっと泣いた。そのうえ、個人的なことですが、母の実家が高知で、毎夏帰省していた風景とぴたりと重なるところがあって、それがとても大きい。

1枚に2コマ映るカメラのこと、その効用はよくわかんない。

モグラフィーのアクションサンプラーていう、1枚で4コマうつるカメラ好きやったな。

 

岡ともみ ・呉夏枝 

写真なんか?というところからもう判別がつかない。写真美術館の展示なのだから写真なんやろうけど。写真という概念が煮詰まりきったものがこれですかね、という、門外漢のわたしには1mmもその世界にいれてもらえなかったような感じ。写真を極め切った方とかにはしびれるものがある…のやろか?

 

ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ 」

ペドロ・コスタランドやった、ともうそれしか。

暗い 映画 音が交じる

画面がでかい

ペドロ・コスタの手の中にいるよう

乾いていて暖かい

佐藤雅彦展の、情報の整理された、美しい上澄みを無駄なく注ぎ込まれるような表現のあとで、あてられたようになる。

ペドロ・コスタは、まるごとで特濃。静かなんやけど、特濃。

特濃のそのすべてに、ペドロ・コスタの目がいきわたっていて、親しさがありやさしい。

映画館のスクリーンサイズと異なるでかさの展示もあり、全身ですっぽりペドロ・コスタに入っていけるよ。

 

ペドロ・コスタの映画を観ても自分はなにもわかってないし、なににも触れられてすらいないと感じながら、でもなんか好きで、今回の展示も、わからないなりに好きだなあ、という気持ちいっぱいになった。

その後に、noteとツイッターで、佐藤雅彦さんとPedro Costaさんからスキといいねをいただいたんやけど、これはほんとうやったりするのかな成りすましかな。夢のつづきやろうか。

(まだつづく・あと一回くらいつづく)

2025/10/03 バカでかいビックエコーの看板 

(承前)

お腹もふくれ、“ヨコハマ”に圧倒されながら、うきうきわくわくと横浜美術館に到着。弟に今度横浜美術館行くねん、と話した時、「出勤の時は毎回前を通ってるけど、しばらく何なのかわかってなかった。職場の先輩もなんの宗教施設か、と言っていた」等聞いていたのやけど、それの言わんとするところがどことなくわかる外観やった。立派で、なんかきれいすぎるのな。写真を見返してみると、入り口上部のピラミッド型のなにかもすごい効いている感じがする。

 

今回はこれのためにお上りしにきた。「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」

わたしは、大学の卒業論文佐藤雅彦さんの「毎月新聞」を引用し、入っている唯一のサブスクも佐藤雅彦さんの「そういうことか新聞」のnote一本である。まあ、由縁というても、たったそれだけなんであるけども、行きたいなあの気持ちを超えて、行かねば、の責務を勝手に感じて、えいっと出てきた次第です。

美術館の時間指定の予約チケットというのも初めてだった。

さてまずはロッカーに荷物をば…と思ったものの、少ない!どう見ても全部埋まっていて、あきらめてリュックしょったまま入場。平日昼過ぎ、やのに人だらけ。

並ぶことが苦手、もとい嫌いな私には、試練だった。予約時間の区切りごとに、人波が少なくなり、並ぶ人数が減ったりするかな、と順路をぐるぐる回ったりもしたけどもうずっとぎゅうぎゅうなんや…あきらめて並んだり、ちょっと重たいリュックに草臥れていつの間にかベンチでちょっと寝てたり、がんばって並んだりしているうちに気づいたら14時の予約から18時の閉館時刻になっていた。

ぷっ、と吐き出されるように美術館から押し出され、むかいの商業施設のクレープ屋さんで食べたクレープが沁みた。重いし帰ってから通販しようかと思っていたけど結局買ってしまった図録がうれしい。クレープ食べながらしばらく眺めて、ホテルに向かう。へとへとやった。観られなかった展示があれこれあった。家族連れの多い中、邪魔にならぬよう控えめに控えめに動いているつもりのところ、順路終盤、足元のラインに気づかず身を乗り出してしまったところで係員の人に注意されたあと、同じ係員の人に別のコーナーでももう一度同じくライン超えてまっせの注意をされた。恥ずかしさと悲しさが残っていて、夜景を見ながら、展示をみた高揚よりも悲しかった気持ちがやってきて切ない気持ちで歩いた。すっかり暗くなったみなとみらいの高層ビルをまた写真に撮る。 

来るときも見たグネグネが光っていて、丸いお月さんがちょうどグネグネの丸い穴に入りそうだったんで、なんとかおさまるように写真に撮ったけど、ほかにそんなことしてる人はいいひんかった都会やった。ぽてぽてしょんぼり歩いてホテルに。さっき遠目でみた立派な船は、近くで見るとロープがめっちゃ張ってあってカラスがたくさん鳴いていた。海に出る川や、地面の下に高速道路らしきものが交差していてわけがわからんかった。

疲れと刺激過多でホテルでちょっと寝転がる。

順路をぐるぐる回り続けて歩きすぎでもうヨタヨタやったけどお腹は空くので、かりそめ天国で見て行ってみたいなと思っていたワンタンスープのお店を目指してみることにする。グーグルマップの言うとおりになんとか到着。カウンターだけのお店でちょっと緊張。カップルもしくは男性一人のお客さんばかりのなか、唯一空いていた席が若い女性おひとりの横でラッキーだった。お店のルールもわからずそわそわなんとか食券を差し出すことに成功。手持ち無沙汰にテーブルに置かれた、「塩」と「醤油」の違いについての能書き(©踊り場)を3回くらい読む。ワンタンスープには、塩と醤油のふたつ種類があって、それは材料の違いではなくて、煮込む時間が違う旨記してあった。塩は醤油より長く煮込んでいるとのことで、価格もちょっとだけ高かった。入店前に券売機で食券を買う仕組みなので、細かいことはわからへんまま「醤油」を選んだけどまたくることがあれば「塩」も食べてみたい。あっさりした味わいのスープに、ボリュームのあるワンタン、鮮やかでみずみずしい緑のチンゲンサイ。とても美味しかった。汗みずくになりながらぐんぐんいただいてパッとお店を出た。とても気分がさっぱりしていた。グーグルマップのいうとおりきた行き道はなんかちょっと暗くて怖かったので、グーグルマップの言わない道をなんとなくで帰る。

行きは通らなかった、関内駅の横に異様に発光しているビルがありLEDを感じる。あんな明かりの下で労働したらわたしはたぶん心がイイイイイとなってしまって長くは保たないだろう。

つづいて、バカでかいビックエコーの看板におののき、

エドワードホッパーみたいやあ、と韓国料理店を写真に撮ったりしていると、

知らん街を歩いている、の気持ちがあふれ、お腹もあたたかいもので満ちているしで、悲しいような心細いような気持ちはどこかに去り、調子が出てきていったい何年振りかのスターバックスで白いフラペチーノを買ってから、ホテルに戻った。

今日はほんとうによく歩いたな(15,537歩)、と真っ白のフラペチーノをぐいっと飲んでお風呂入って就寝。総じて良いいちんちだった、の気持ちで就寝。

(まだつづく)